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トレイルラン関係を中心に日々の出来事や思ったことを書き連ねて行きます。
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昨日の15時過ぎに羊蹄山の山頂付近で浮き石に足を取られて転落、額のあたりを岩に打ち付けて出血したため救急に通報してヘリで救助された。消防/警察など巻き込んで麓では大騒ぎになっていたようで、不注意から大多数の人に迷惑をかける形となり、大変申し訳ない気持ちで一杯である。山に入ったら自力で無事に山から出てくる事が山に行くからには大事、常に言っている事であるが、それが今回はできなかった。ヘリに吊り上げられながら、自分の不注意でこうした事態を招いたことを情けなく、そして悔しく思うとともに、生きて帰って来れた事には感謝の他ににない。

羊蹄山へは6月に人気の少ない喜茂別からアタックをしているが、その際には時間もなかった上に雪渓とヒグマに阻まれ登頂できなかった。今回はオーソドックスな比羅夫から登ることにした。先週の富士山のデジャブのような、登山口の駐車場に入り切らない車が列をなして路駐している。下ってくる人とのすれ違いも多かった。お鉢まで2時間50分ほどで登れたので下りは2時間あれば十分かなという気がしていた。当初はお鉢を眺めて引き返すつもりだったが、ついでに山頂まで行くことにした。下山開始時刻として設定していた15時を過ぎたので少々焦りはあったが頂上まであと少し。岩場を登っていたら、そんなことをしなくてよい正規のルートがあることに気付きそちらへと岩を下りようとした、その時足元がぐらつきそのまま転落。

よく言われるようなスローモーションがある訳でもなく、顔へと落ちた先の岩が迫って来てそしてガン!!同じようなことは2年前の奥久慈のレース中にもあったが、大きめのサングラスをしていた当時と異なり、今回は小さいメガネだったので衝突の第一撃が顔へともろに来てしまった。痛い!と感じると同時に凄い勢いで血が滴り落ちてくる。どうやらかなり出血があるようだ。多量の血を日常生活で見る事等ないので大いに焦り、狼狽したが、腕に巻いていたバフを押し当てる。奥久慈のときはこうやって止血した。しかし、薄い布の効果等たかが知れているようだ。山岳救助を描いた漫画、「岳」で血まみれの遺体が収容されるシーンが目に浮かびながらも一刻も早い救助が必要と判断したので119へと電話を掛ける。お鉢の稜線上で携帯の電波が届いているのは非常に助かった。消防は通報場所がお鉢ではなくお鉢に通じる登山道上のどこかという認識でいたようで、比羅夫から登りながらお鉢を回って京極からの道も過ぎたところにいたので位置の説明をするのに若干戸惑ったが、第一報は伝えた。麓から救助隊が登るようなことを言われたが、どんなに早くても2時間はかかるだろう。血が止まらず既にTシャツは血まみれになっているので防寒用に持っていた長袖のフリースを出して傷へと押し当てる。生地にボリュームがある分、効果があったようで滴る血は止まった。近くの登山者に救助を求めるよう消防から言われたが、叫べないので呼び止めることもできない。

警察や家族にも連絡した上で、さらに消防とのやり取りが続き、防災ヘリが出動予定であることを知らされる。岩に打ち付けた箇所からの出血が激しいだけで歩行には問題なかったので、ヘリから見えやすいように、転落した岩陰に留まるのをやめてお鉢の稜線上の鞍部の上空が開けた場所へと移動する。半袖短パンだったが、先週の富士山より気温が低く、風も強いので防風パンツを取り出し着用する。そこに母娘の登山者が通りかかり、止血していた長袖のフリースを一旦外して状況を見てもらうとともに、ザックから他の防寒具出して着させてもらった。この母娘とさらにその後でもう一人通りかかった女性の登山者にヘリ到着まで見守っていただいた。元々は山頂を経由してお鉢を回ろうとしていのだろう。夕暮れ近い時間まで引き止めて山頂目前で彼女らも小屋へと引き返すことになってしまった。感謝の言葉はどれほど言っても足りないだろう。血はほぼ止まっているとのことだったので止血をバフに切り替え、止血に使っていた長袖も着用。通報から30分と経ってない15時40分過ぎにヘリが飛んで来たのが見えた。しかし、どうも様子がおかしく必死で合図を送るが救助行動に入る気配がない。消防に電話するとヘリの到着予定は16時であること、色が赤白の2色であることを告げられる。逆光で色が分からなかったがたしかに到着時間は全く整合していない。そして16時になったところで別のヘリが現れた。今度こそが本物の救助ヘリである。合図を送り、ヘリ側も気付いたようだ。

風の通り道となっている鞍部にいたせいか、ヘリは旋回しているもののなかなか近づいて来ない。消防から電話があり、燃料を減らしてから救助行動に入る旨が告げられる。なるほど、捜索が難航する事も想定して燃料を多く積んでいるのか。さらに消防からの連絡あと5分ほどで救助開始すると言われ、ヘリが少し離れた地点でホバリングして2人隊員が降下して来たのが通報から70分後くらいの16時25分頃。風が強い場所だったせいか、動いていなかったせいか寒さに体が震えていた。降下した隊員が岩場を走ってこちらまで向かって来た。ヘリに収容するための装具を取り付けられ、気流の安定している所まで移動。そしてヘリに吊り上げられる。どんどん小さくなる羊蹄山火口、鳥の視点から見る夕日に照らされたお鉢の全貌が実に美しい。ヘリで5分もかかっていないか、倶知安中央公園に運ばれてそこで救急車に引き渡される。そこから倶知安厚生病院へと搬送された。病院では医師の問診で意識障害がないかの確認と首が動かせるか(むち打ちの確認)を受け、CTを撮ったものの特に異常なしということで止血/洗浄以外に大きな処置なく終了。顔を洗ったらまた血が垂れてくる。やはり出血はしぶといようだ。

着替え等一切合切が登山口に置いた車の中なので病院からタクシーを呼んで登山口まで移動して18時45分に車を回収。さて、、、100km以上離れた空港に移動してチェックイン済みの20時過ぎの飛行機に乗るのは到底不可能であるが、どうしたものか。食事でもしようかと思い倶知安の街中を走るが車窓にはこれという店が見当たらず。結局、千歳市内のホテルを予約して100kmを車で移動。翌朝の飛行機を予約し、どこか食事できないかと周辺をうろつくがラーメン屋くらいしか見あたらなかった。傷には良くないだろう。昭和な感じの店が立ち並び、場末感の漂うどこか寂しげな千歳の町は12月の東京のような寒さだった。恐らく気温は10℃以下と思われる。この寒さで山頂にいたらどうなっていたことか。一晩を明けて東京に帰着したのが23日の昼。どっと疲れた。これから医者に行って詳細に診てもらったり、仕事の調整などやるべきことは山積みであるが、ひとまずは家に帰って来れてよかった。

当日の診断から考えるとヘリに捜索隊、救急車に警察、と大々的な騒ぎにすることもなく、自分で止血をすれば自力で下山できたかもしれない。一方で足元が覚束ず注意力散漫になっていたであろうことは確実なので樹林に覆われた登山道上で更なる転倒を引き起こしていたらより捜索は困難を極める結果になっただろう。命を最優先に、との思いで救助を求めた判断自体は間違っているとは思わない。しかし、事故を起こした不注意に始まる反省点は挙げればきりがない。助かったという幸運を受け止めて、また反省をしっかりとしていく必要がある。奇しくも先週の台風の被害を受けてエントリーしていた来週末予定の若狭路トレイルランの中止が決まり、現在エントリー中のトレイルレースはない。完治しても山行きは当面控える予定である。先週の富士山行きで再始動と高らかに謳ったがわずか一週で再休止となることになった。東京マラソンの抽選結果が3日後に明かされることになるだろうが、しばらくはトレイルは止めて基礎体力の向上に専念するか。

なお、下記の方のブログに捜索隊が山を登ろうとしていたことや救助活動に入ろうとしていたヘリについて記載されている。
後方羊蹄山(1898m)+レスキュー_130922


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富士山に登って最高点の剣が峰でご来光を見た。日々の生活で溜まりに溜まったフラストレーションの発散、失っている走ることや山への情熱の復活、等々払拭したいことは山ほどあった。仕事がますます忙しくなる等、日常の変化から走らなくなり、すっかり走れない体型ができあがっていた。結局Transvulcania、野辺山、大雪山、LeadvilleとウルトラのレースでDNF→DNS→DNF→DNSと続き、もはや伊豆トレイルジャーニーが終わってから半年以上もゴールしていない。。先々週はモンブラン、先週は八ヶ岳、そしてこの週末も信越五岳を始めとして皆さんが長距離のレースにチャレンジされている。そしてそのためにしっかりと準備をされている。先週にはオリンピックの東京開催決定を駒沢のPV会場で見ながら、喜ぶ人々を冷めた目で見つめる自分がいた。その夜にはUTMB/TDS/CCC帰りの方々と飲んだが、自分が何もしていない間にあまりにも開いてしまった差に愕然としつつも、何か変えないといけない、そう感じた。そしてサボってた自分を情けないと思いつつ何かふっきるきっかけ、そういうことで何となくの富士行きを考えながら金曜日に仕事から帰宅した。


上りが苦手な自分にとって富士山ほど辛い山はない。夜から上ってご来光を眺めるには4〜5時間で頂上まで行く必要がある。今の状態では須走口から上ると相当な時間がかかるだろうし、距離が長く砂地を上る御殿場口などもっての他である。そういう訳で富士宮口を選択したが、偶然にも他の登山道はすべて通ったことがあり、唯一残っていたのが富士宮口である。厳密には御殿場口で5合 目から頂上まで直に登ったことはないが、大雨で7号目で断念したときと、宝永火口を横切ってから御殿場口の7合目以上を登ってるのでコースとしては通ったといえる。吉田口の馬返しや須山口、精進湖口といった5合目より下のマイナールートも行ったことがあるので、富士山の主要登山道はだいたい行ったことになるだろう。


 家を出てから富士宮口5合目駐車場まで2時間くらい。途中のコンビニで水と食料を買い込む。さらに車で富士山に行く際にいつも寄る御殿場ICを下りたところにあるマクドナルドのドライブスルーでビッグマックを買う。23時半に着いたが、荷物をまとめたりトイレ行ったりで本格的に上り始めたのは0時を過ぎてからだった。気温は2,000m以上の高所であるためそこそこ低くはあるものの、思ったほどではない。短パンに半袖Tシャツという格好でスタートする。5合目の中でも最も高い位置からのスタートのためか、早くも高い山特有の息がすぐ上がる感覚がある。夏山シーズンは終わっているが、そこそこの人が上っている。8合目くらいまでは快調に追い越す一方で上っていく。森の中からスタートする須走口と違い、最初から岩地のような所なので足元だけ気を付けながら黙々と上るしかない。夜なので上を見てもどこまで行けばいいとかは分からない。


3,460mの9合目にてしばらく休憩。ビッグマックを食べるなど一息つく。だんだん上りが辛くなっては来ているが高山病の影響は思ったほど出ていない。ここでゴアテックスジャケットを着たが、まだまだ短パンで問題ない。風が穏やかで心地よい夜だ。先行する人のライトの灯りから頂上がどの辺かも見えてきてあと一踏ん張りという感覚がする。そしてようやく頂上に到着。今回、富士宮口からの登頂は初めてであったが、浅間神社奥宮の雰囲気といい、最も趣のある登頂地点である。富士宮口からでは死角になってご来光が拝めないので、スマホを取り出して調べた結果、剣が峰に移動する事にした。富士山頂でも余裕で電波が入るというのは便利である反面、俗世間から切り離された聖域が侵されたようで複雑なところではある。剣が峰頂上に着く頃に周りが明るくなり始めた。ご来光が間もなくという時の空の色の移り変わりはいつ見ても気分が高揚する。その瞬間が近づくにつれて人もまばらだった剣が峰も、いつの間にかご来光待ちの人で埋め尽くされてきた。そして、、、かなり空も明るくなりまだかまだかと待ちわびていた瞬間に雲海の先からご来光が昇って来た。日本最高所から見るご来光はやはり格別である。画的な美しさではない、この場所だからこそ感じれるものがたしかにある。


下りは手早く下山をしたいところだったが、岩が多い登山道は転倒が油断禁物の上、日帰り登山の人が多数登ってくるすれ違いがあるため思ったほどスムーズには下れない。とはいえ、上りと違って体力を使うようなことはないのでひたすら下りるだけである。黄色い葉っぱが斜面に多数生えていて、火山灰の斜面を彩る様子が印象的であった。駿河湾が雲に隠れていたのは残念であったが、こちらを目指しての下山も初めてであったため、須走側とはまた違った景色で新鮮である。それにしても、夏山シーズンは終わったというのに登山客が多いが、安全管理は大丈夫なのだろうか。下山したところで静岡県の関係者からアンケートを受けて、記入したが、登山ガイドラインを知ってるか、登山計画書を出しているかといった内容だった。ガイドラインはどこに掲示されているのか知らないし、登山計画書提出のポストがある訳でもない。その点は突っ込みつつも、山に入る以上は無事に自力で下りてくるのは最低限の責任である。たまたま天気が崩れたとか、運が悪かったとかは言い訳に過ぎず、無事に帰るという結果以外に価値はない。水は1L以上余ったし、使わなかったが防寒着もザックの重しとなっていた。山小屋が開いていないのだから、十分な装備を持っていくのは当然である。駐車場で30分ほど仮眠をしたところで晴天が嘘のように霧が立ちこめ、雨が降り始めていた。晴れている間に下山できたのは幸いだった。駐車場から車を出すと駐車場に入れなかった車が長蛇の列となって路駐をしている。9月も中頃というのにその状況には閉口したが、きっと夜間登山はリスクがあって怖いが昼の日帰りならという人が多いからだろう。

 
悩んだ時、迷った時には富士に行け。これが今年最初で最後の富士登山になるのだろうか。富士山の登山道も大体制覇したし、ご来光も何度も見た。今後はよりシンプルに、富士山と向き合うことが出来るのではないかと思っている。秋以降の日程も大幅な軌道修正を行い、次は月末の若狭路トレラン(約40km)と来月に伊南川ウルトラ100kmがある。富士登山から一晩明けて4kmほど走ってみたらあまりの体の重さにびっくりした。今のままでは完走を目指すのが精一杯だろう。しかし、始めなければ何も始まらない。今回の富士山はその始動の狼煙である。

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天気がいい日が続いているのに山にも行かずにグダグタ、ではなくtransvulcaniaの準備をせっせとやってた(やってないけど)GW、一度くらいは山に行こうということで、かねてから行きたかった甲武信ヶ岳に行ってきた。前夜は準備もせずに風呂から出てすぐ撃沈して朝目が覚めたときにはGW唯一の山行きができなくなったと思い猛烈な喪失感。しかし、時計を見たら5時半、慌てて甲武信ヶ岳方面に向かう交通を、当日朝寝坊気味で調べることではないが、調べて山梨市に9時に行けばよく、最寄り駅を7時くらいでいいと分かる。急いで準備をして家を出る。

立川へと向かう南武線から山に行く格好の人が散見される。天気もいいし丹沢や高尾、奥多摩でも行くのだろうか。立川からあずさに乗り9時前に山梨市に到着。人気のない駅前広場の中で甲武信ヶ岳の麓、西沢渓谷行きのバス待ちの行列だけが賑わっている。連休のためか、臨時の直行便が同時刻発であり、通常よりも早く西沢渓谷へ到着した。

軽く準備して10時くらいにスタート、甲武信ヶ岳へのルートは2つあるが今回は徳ちゃん新道を使う。甲武信ヶ岳手前の2,468メートルのピークまで、1,100メートルの西沢渓谷から基本的に上りオンリーである。奥秩父の2,500メートル級の山は6月くらいまで雪があると聞いていたので、念のためスノースパイクを持ってきてはいたが雪の気配がせず、日差しが暑い。1,700メートル辺りですれ違った集団に上は雪が多いと聞き、靴が埋もれるとも言われたので多少焦る。短パンにTシャツ、ゲイターも持っていない、残雪の山を甘く見すぎていたか。
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1,900メートル付近で麓からの2ルートが合流して頂上へと向かう。ここからは久々にストックの練習ということでストックを取り出す。しばらくしたところで、舗装でもないのに足元が硬い。踏みしめられた雪が凍っている氷のトレイルだ。下りだと危険だろうが、上りなのでまあいいかと思いそのまま進む。なんだか、頂上まではスパイクを着けないという妙なやせ我慢をしたくなる。気付けば雪のトレイルに変わっており、足を取られて進みづらい。そのまま頂上手前のピークまでは強引に進むが、ここからが雪道の激下りで豪快に滑って尻餅をつく。たまらずスパイク装着。やはり安定感が全然違う。早く着ければよかった。
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甲武信ヶ岳は一旦下ってまた上り返した所にあり、途中で全貌がよく見えたが非常に美しい形をしている。形がいい山、景色がいい山に来るといつでも気分が盛り上がる。下りきった所の甲武信小屋で小休止して頂上まで100mくらいを一気に上る。麓では快晴だったものの、昼過ぎということでガスってきていたのか富士山や南アルプスが見えなかったのは残念であるが、国師ヶ岳や金峰山へと続く奥秩父主脈や、遠くには雪で白い八ヶ岳がよく見える。下山は川上村の方へ下りる。奥秩父主脈の裏に出るので、この長大な尾根を大きく迂回して戻る必要があり、山梨市ルートよりも距離が大幅に遠く、時間もお金もかかることになる。しかしながら、16時前にバスが終わってしまう山梨側と違って川上村は17時台、19時台にもバスがある。また、川上村へと下る千曲川源流歩道も行ってみたいと思っていた場所である。
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少しだけ稜線を金峰方面に進んでから谷へと向けて一気に下る。この激下りはもはやスキー場状態となっている。北側ということもあり、上ってくる時と比べて雪が低い標高まで残っているのでペースは上がらないが、こんな時期にスノートレランを楽しめるとは思ってもみなかった。千曲川源流の水源地は雪に完全に埋もれておりよく分からなかったが、ほどなくして沢の流れが始まる。雪は踏み固められた場所を少しでも外すと落とし穴のように40cmくらい軽くはまってしまう。足元には常に気を使いつつ、時折見れる美しい渓谷の眺めを堪能しながら下る。部分的に雪がない場所も混じえて、今度は氷道が主体となる。ここでもスパイクの効果は大きい。スパイクやアイゼンにはF1のエクストリームウェザータイヤの様なところがあり、完全にドライ(雪無し)であれば外した方がいいが、少しでもウェット(雪や氷有り)となると、着けてないと大きくペースが落ちてしまう。雪のエリアに入るときも、そこから出る時もどのタイミングで着脱するかが肝である。道の状況も良くなってきている中で、予定よりやや遅れ気味だったので思い切ってスパイクを外したら、その先には雪も氷も皆無だった。途中で鹿を何頭か見かけつつ、毛木平の駐車場にようやく到着。マイカーならばここがゴールだが、バス停はさらに先である。
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ダートの道を走り、森から出るとこれまでの山の中とは打って変わって一面の野菜畑が広がる。川上村は野辺山ウルトラの終盤の地でもあり、去年苦しんだ時に嫌というほど見た畑の景色である。これから栽培を始める前段階なのか、あちこちでトラクターが耕している。畑の中の道を進んで行くと今度は集落が見えてくる。この集落の先にバス停がある。ちょうどバスの10分くらい前に到着した。バスで野辺山ウルトラマラソンを思い出しながら駅に向かうが、誰一人と他の客は乗らず。このバスは存続できるのか、あるいは祝日の夕方に駅に向かう人がいないだけか。甲斐大泉で下車して駅近くのパノラマの湯で汗を流す。やっぱり食事はほうとうと思っていたが八ヶ岳名物に惹かれてステーキ丼をさっと食べる。帰りは最終のスーパーあずさに小淵沢から乗ったがまさかの自由席満席、しかも甲府で多少席が空くと思ったら大月で一人下りた以外に八王子まで誰も下りないという状況。立ちっぱなしの特急に乗る事になるとは思わなかった。何とか日付が変わる前に家に帰着。奥秩父主脈縦走ができずにいる中で、つまみ食い的に今回は甲武信ヶ岳に上ったが、やはり通しで縦走したい山脈である。
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すっかりと体調も良くなってきたので伊豆の装備をした状態でトレイルを走ろうと思い、甲州高尾山に行ってきた。単純にトレイル練習ということであればもっと近場の丹沢や高尾山ということになるのだろうが、せっかく山に行くのだから新しいコースの開拓もやはりやってみたい。となると行きたかった山に行くのが必然の流れである。甲州高尾山は勝沼ぶどう郷の駅を起点に10kmほどの周回コースを取ることができる。今回はこのコースをさらに膨らませて15〜20kmを当初予定していたが、結局は10kmほどのコースとなった。

小江戸大江戸をDNSしていた後ろめたさもあり、仲間内では唯一の完走者になりそうなナミネムさんがもう少しでゴールという情報は得ていたので進路を川越に変更しようかとも何度も思った。しかし特急券も乗車券も行き先が勝沼ぶどう郷で買ってたし、練習は足りていないし、でも自分の事よりも今まさにゴールしようとしている仲間の方が大事だろう、という葛藤はあった。結局は彼のなし得ることはゴールで迎えようと迎えまいと変わらないし、おめでとうの言葉なら別の機会にも伝える事ができるということで自分を納得させてあずさに乗り込む。立川から勝沼までは50分ちょっと、あっという間の到着である。

勝沼ぶどう郷の駅前広場から、大善寺の標識に従ってぶどう畑の中を進んで行く。終始南アルプスの素晴らしい眺めを楽しめる。大善寺の脇から登山道の入り口がある。しかし、この大善寺も国宝に指定されている魅力ある建物であり、ここまで来てトレランが大事だから素通りなどというわけにはいかない。拝観料を支払い薬師堂へ。鎌倉時代以来の700年以上経った建物ということだが、ここの見所は中に飾られている仏像や十二神将の像である。そして厨子。本尊の開帳は10月1日〜ということで、機会あれば来たいものだ。ここの方にこれから山に登る話をダニに気を付けてねと言われる。確かにその通り、生足で山に入るということは刺して下さいと言っているようなものだ。まだ冬枯れだからいいものの、春以降はそういう訳にはいかないだろう。お寺をゆっくりじっくりと見ていたせいで、既に昼前になっていた。

登山道は直登で一気に高度を上げて行く。これだけの上りは今週末の伊豆にはないのでちょうどいい。どんどん登山口が低い所になっていくのを感じながら、甲州高尾山の山頂へ。駅に着いたときの雰囲気で雪はないなと思いつつも、ザックの体積&重量増しということも含めてスノースパイクを持ってはいたが、使う事はない。周辺に目をやると、3,000m級の南アルプスに雪があるのは当然だが、谷を隔てて反対側の山にも積雪がある様に見える。すっかりと冬枯れで土っぽい雰囲気の山という印象だったが、甲府盆地と南アルプスを始めとする山々の展望は素晴らしい。頂上からさらに進んだ先を下り、分岐を大滝不動へと向かう。このまま横棚手山など、裏側の山へ行くというのを元々考えていたが、今日は装備チェックが主眼だったし、上り始めるまでに油を売り過ぎたということがあったので素直に近道の下山を選択した。

一部、凍っている部分があり、まるでスケートリンクのようになっていたので慎重を擁したが、そこ以外は落ち葉がガレ場を隠してややテクニカルになっているが、普通のトレイルである。大滝不動まで下りて来ると、凍った滝を発見。落差のある崖を流れる滝が凍った氷瀑である。裏側から覗くこともでき、青く光る氷が美しい。こちらが大滝の由来の滝かと思ったが、もう一本ある方の落差140mの滝が一番の神体である男滝だそうだ。本堂から下りて行く階段の脇にも滝があるが、こちらは水が流れており、凍結部分も崩落が始まっている。時々大きな音がしたときに凍結部分が崩落しているのだ。ここからはトレイルはほぼなく、アスファルトの林道を下って進んで行くと集落に出て、さらにその先が駅。

これで一周、コインロッカーの荷物をピックアップして、駅と反対側の丘にあるぶどうの丘へと向かう。ここの天空の湯で入浴、ほうとうと鶏もつ煮、そして勝沼の赤ワインという甲州鉄板トリオでくつろぐ。せっかく汗を流していたが、駅に戻る途中で道が分からなくなり、ギリギリで電車に乗れたので、また汗をかいてしまった。それにしても、がっつり上ってダラダラと下る、そして南アルプスの眺めが最高、いいコースを見つけてしまった気がする。こういう新コース発掘は、どこに行こうかというプランニングから、実際にその場の風景まで、楽しめるので今後とも地図とにらめっこは続けて行きたい。

帰りに直帰せずにアートスポーツに立ち寄ったら、来週末の伊豆対策なのかベスパが売り切れてしまっている。類似製品のトップスピードは大量に余っていたが、まだ販売から日が浅く、十分に宣伝できていないということか。少なくともトレイルランナーにはかなり知れ渡っていると思っていたが。シューズを見たら非常に欲しくなってしまったが色がなかったことに救われ出費までは至らず。しかし、次の週末に使ってみたい気もするのでどうするか考え中である。携帯トイレを購入してこれで必要なものはほぼ揃っているだろう。後はカップをもっていないが、紙コップをうまく加工して代用する予定である。本日の走りからすると、伊豆トレイルジャーニーの装備品の重さはそれほど問題なさそうというのが結論である。今回はパッキングもほぼ事前に終わらせる事ができそうなので、前日ゆったり観光する時間をつくりたい。
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今回の屋久島行きのメインは1月1日、新年早々からの宮之浦岳を含む冬の屋久島山岳縦走である。荒川分かれ→淀川口登山口→花之江河→宮之浦岳→縄文杉→白谷雲水峡→宮之浦の町というロード10km、雪山トレイル15km、木道と岩のトレイル10km、ロード10kmの45kmコースである。予定通り3時半に起床し、荷物の最終確認を行う。ホテルのフロントで朝食用の弁当を受け取り4時半のバスに乗った。他に乗客はいなかったが、途中のバス停から最終的に10人くらい乗ってきた。とりあえず、荒川登山口から登り、縄文杉まで着いた時の時間を見て引き返すか宮之浦岳まで行くか考える、としか思っていなかったかが、荒川三叉路バス停に止まることが分かったので迷わず降車ボタンを押す。バスの運転手は押し間違いと思ったようだが、ヤクスギランド方面への分岐であることを確認し、間違いでないことを伝える。

バス下車が5時40分くらい、ここから縄文杉の起点となる荒川登山口方面ではなく、淀川登山口を目指して紀元杉方面へと向かう。ぐるっと回って荒川登山口に17時に戻るか無理そうなら白谷雲水峡を抜けて宮之浦へ、それだけを頭に進む。バスの降車ポイントからは2kmでヤクスギランドに到着。トイレを済ませ、ホテルでもらった弁当を食べる。まだまだここはウォーミングアップ、淀川登山口までは残り8kmの道のりである。身体も温まってきたということで、フリースを脱ぎ、薄着するとは思いつつもSkinsロングスリーブ、半袖Tシャツ、ゴアテックスパックライトジャケットという3枚だけ着た状態で出発。ひたすらロードを進むが、後半は積雪と凍結による滑り易くなっていた。7時45分過ぎくらいに淀川口登山口に到着。

宮之浦岳は5時間の登山コースという旨が書かれている。登山口から足元は既に完全に雪で覆われている。ここで買ったばかりのスノースパイクを装着するが、そもそも使った事がないのに実戦投入しているので付け方も適当で何度も外れることになる。雪には踏み跡がしっかりとついているし、MTBの轍もあり、コースを見失うようなことはない。雪に足を取られて速く進むことはできないが、花之江河に9時頃に到着してまあまあのペースである。ここはその名の通り、花が美しい湿原地帯らしいが積雪期には真っ白なので変哲もない雪原である。宮之浦岳登頂も11時過ぎくらいかと思っていた。樹林帯を抜け、笹が生い茂る屋久島の主稜線に出ると、積雪も多い上に、風も強くなりペースが一段と遅くなる。屋久島は花崗岩の島であるが、積雪が解けて露出した花崗岩の表面が凍ってる部分など、慎重に進まざるを得ない。ロープ場も多数あるが、ロープが凍っており冷たい。至る所で花崗岩の巨岩/奇岩があり、御在所岳や金峰山を思い出す。手袋をスキー用のものを持ってくるべきなのに、防水性もない普通の手袋だったのは失敗である。至る所にヤクシカがいて、笹薮の稜線では、シカも登山道を進むのでしばしば追いかけっこのような状況である。まさにバンビのように小柄なサイズがかわいい。奥多摩あたりのシカとは大違いである。宮之浦岳頂上に着いたのが12時半、想定外に時間がかかってしまった。ずっと雪に轍がついていたMTBにもここで追いついた。
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雪に足を取られる状況に嫌気が差していたので、反対側から来た人にどの辺りから積雪があったかを尋ねる。ユースホステルで泊まった際に同部屋の人がいった時点では縄文杉までは雪はあったけどほとんど踏むような所はなかったと聞いていた。しかし、縄文杉の登山道からずっと雪があったというような返答が帰ってくる。縄文杉を経て白谷雲水峡を抜けて宮之浦の町まで下りるという話しをしたら、当然ではあるが呆れられる。山と高原地図のコースタイムを元に新高塚小屋か高塚小屋に泊まることを強く促された。事実、花之江河から宮之浦岳の間は山と高原地図に書かれたタイムと同じかやや遅いかのペースである。登山口で花之江河が4km、宮之浦岳が8kmという標識を見たときには余裕だと思ったが、1時間に2km程度のペースでしか進んでいない。また、標識が設置された時代による違いなのか次のポイントまで2.6kmを見た後に2.8kmがあったりと進むべき距離が判然としないのも心のゆとりをなくさせる。
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宮之浦岳からは強風が吹き荒れる急斜面を下る。風が強く、雪も新雪サラサラのパウダースノーであるため踏み跡が消えてしまっており、登り返すことを考えると不安になるが、他に道は見当たらないのでそのまま進む。笹薮に入ると風がないため、また踏み跡がついている。永田岳と縄文杉の分岐になる鞍部のすぐ手前まで下った所でユースホステルで同じ部屋に泊まっていた人と出会う。この日、反対側から来る登山者に会った5人目であるが、高塚小屋に泊まって宮之浦岳を目指すという話しを聞いていたのでいつか出会うとは思いつつもようやくという感じである。先ほど道について尋ねた人とは違ってトレイルランニングをやっているということや、日帰りでぐるっと回るつもりであるということを飲みながら話していた事もあり、町まで下りるという話しについてもあっさりとしたもの。上り返しも大したことなくて、下り主体だからテキパキと進めるんじゃないか、という心強い意見がきて俄然元気が出る。
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花之江河からずっとここまでの稜線はガスっていたが、この辺りから時折雲が途切れて遠くまで見渡せるようになる。どうせなら宮之浦岳山頂で雄大な眺めを楽しみたかったが、いかんせん薄着で風が強い所に長く留まるのは自殺行為に他ならないため、仕方あるまい。高度が下がって来て再び樹林帯へと入ってくると樹氷の森が美しい。樹氷と緑の葉のコラボレーションはなかなか見れる場所がないだろう。新高塚小屋の所で2本持っていたペットボトルの1本目がなくなったが、水場に煮沸して飲んで下さいと書いてあるのを見て、水の消費ペースが遅くて助かったと思った。新高塚小屋を過ぎて、だんだんパウダースノーから湿り雪に変わって来て、足を取られる事も少なくなったのでスノースパイクはお役御免。何度も外れて上手くつけられないという根本的な問題はあったが、明らかにずぶずぶと沈む新雪の場所では役立った。森の中に日が差し込み雪はどんどん解けていて、暖かさすら感じる。高塚小屋もスルーしてようやく縄文杉に15時半前に到着。反対側から上って来た人にちょうど出会ったが、この時間には日帰り登山客は既に撤収しているので縄文杉をほぼ独占できる。
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縄文杉から先の道にも雪が残っていたが、解けてシャリシャリになっている。これが凍結すると急な階段など、非常に危険であるが、スパイク無しでも問題なく進める状況で幸運だった。木道が主なので、走ることはできないが、ここまでの道よりも明らかにスムーズに進む。過去に一度来た場所であるのでウィルソン株以外は基本的にスルーする。16時50分くらいにようやくトロッコ道に到着し、しばらく進むと完全に雪が消える。ずっと雪山を通って来たら今度は屋久島らしい青々とした森である。まだ冬至から10日程度しか経っていないのでこのくらいの時間には暗くなるだろうと思っていたが夕焼けで赤い空が見えている。完全に東京の時間で考えていたが、ここははるかに西の地、時差があるのだ。そして南でもあるので冬場の日照時間も比較すると長い。17時45分に楠川分れに到着、ここまで比較的開けたトロッコ道というおかげもあり、ライト無しで辿り着いた。
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さすがにここからは登山道へ入るのでライトを点灯、この前2日間で歩いた楠川歩道の続きの部分なので基本的には石が敷かれている。したがって石のある方に進めばいい。しかし、方向を見失いそうになる場所もあるので常に、赤テープを確認しながら進む。夜で視認性が悪いが、それでもかなりの数が張り巡らされているので見落とすようなことはなかった。太鼓岩の麓の辻峠まで上り基調の道だったがスムーズに到着。空も晴れ上がって来ているので太鼓岩からの眺めは素晴らしかろうと思ったが、ホテルに戻る時間が遅くなるので今回はスルーすることにした。辻峠から先はずっと下りが続く。岩中心のトレイルなので転ばぬように慎重に進む必要はあるが、ハイペースで進むことができる。縄文杉あたりまでは想定より1時間半近く遅れていたが、まさかの19時ジャストに白谷雲水峡入り口に到着。これは当初の想定通りである。楠川分れから70分で入り口に戻ることができた。白谷雲水峡のコースについて2日続けて歩いてかなり詳しくなっていたおかげでもあるだろう。

宮之浦の町までは車道を進む。当然の事ながら、トレイルを楠川に抜けるのは遭難の危険が高いということは分かっているため、夜に使う事はない。最初200メートル程度だけゆるやかな上りだが、以降はずっと下りのロードダウンヒル10km。空には満天の星が輝いている。前回屋久島に来たときに、永田いなか浜で海ガメの産卵を待つ間に見た星空を思い出す。はっきりと見える天の川に感動をしたものだ。今回の旅行では初日の夜から雲が出て来て、星空が見れない夜が続いていたが、最後に夜にすばらしいものが見れた。東京の冬の空では目立っているオリオン座が星々の中に埋もれてしまうぐらい多数の星が見える。途中からはライトを消して星明かりだけを頼りに進む。瀬戸内海直島の南寺のジェームズタレルの作品で、真っ暗な空間で15分くらい経つと見えてくるというアートがあったが、暗い中だからこそ感覚が研ぎすまされる。星明かりと眼下に見える町の灯り以外の光がない中で、山の稜線や路面のセンターラインがはっきりと見える。
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20時20分、ホテルに到着。45km(うちロード20km)、14時間40分と大幅に時間はかかってしまったが長い長い一日がようやく終わり。宮之浦岳の主稜線で下り始めるまでガスっていて展望が見れなかったのは唯一残念であるが、到着した夜から嵐が続いていたことを思えば、予定通りコースを回って無事に下りて来ることができた。天候の悪化もなく、積雪によるタイムロス以外はほぼ順調である。これは非常に幸運であり、感謝するしかない。この正月の間に北アルプスや富士山など、各所の雪山で遭難死者が出ている。旅に出る当日の朝に航空券を買ってから詰め込んだ荷物には夏に富士山に上る一般的な装備+α程度のものしかなく、ヒートテックやスキー用ソックス等の保温系インナーを忘れ、スキーグラブもなく、濡れた手や足が凍傷とは無縁だったのは偶然にすぎない。無論、状況を見て場合によってはすぐに引き返すつもりだったが、天候の急変時にどこまで対応できたかは自信がない。したがって今回大丈夫だったから次も大丈夫という保証はどこにもないし、次回はもう少し装備は揃えておくべきと猛省している。山は自己責任、だから装備不十分で命を落とすも自己責任という軽卒な考えがあるが、事故が起きた際に捜索/救助を行う人を始めとして、多大な迷惑をかけることになり、自分で責任を取りきれるようなものではない。安全に帰ってくる事、それが登山する者の責務である。雪山、奇岩、ヤクシカ、樹氷、縄文杉、照葉樹林、滝、満天の星空、、、ぜいたく過ぎる一日だった。
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