トレイルラン関係を中心に日々の出来事や思ったことを書き連ねて行きます。
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あまりにも久々の更新となるが、飛騨高山ウルトラマラソンの72kmの部に参加してきた。レース参加自体が昨年の大雪ウルトラ以来ほぼ1年振りとなる。昨夏以降は大会中止や連続DNSなど、決して申し込んでいなかった訳ではないが、一方でほとんど練習もできていなかった。全くもって走れる身体ではなかったが辛うじて制限時間10分前に完走した。心折れて悲観的になっていた野辺山100kの71km地点通過、不甲斐ない走りに憤った奥武蔵ウルトラよりもさらに遅いタイムである。しかしながら今の自分にはこれが精一杯の結果であり、ゴールできたことで次へとつながる。
今回の位置づけは秋に出場予定の100kmクラスのレースに向けた練習の一環であり、締切直前に申し込んでいた。100kmなど走れる理由もなかったので72kmにした訳であるが、それでも練習をほとんどしていなかった。一週間前にようやく練習で12kmほど走ったが、すぐに歩きが入るなど、到底翌週にウルトラに出る人間とは思えない状態であった。しかも梅雨入りして雨が予想される週末であったため、大会中止にならないかとネガティブなことを密かに思ったりもした。前日朝の時点でもモチベーションはすこぶる低かったがいつまでも逃げている訳にもいかないのでとりあえず家を出る。新幹線に乗って静岡に差し掛かるより手前から雨は降っておらず、そのまま高山に15時に着いた。ホテルにチェックイン後、会場に行って説明会を聞く。終了後、雨が降り始めており、やはり梅雨かと思いつつ高山の町を散策する。2002年の夏に来て以来12年振りの高山はある意味ではきれいになり、ある意味では観光化されている印象を受ける。飛騨牛を食べてホテルに戻りすぐに就寝。ウルトラは朝が早い。
予定通り3時に目が覚めて準備をしてから会場に向かう。雲はあるものの、天気が回復に向かいそうな雰囲気をしている。これまでたくさんレースに出てはいるが、まともに雨が降ったのは1回2回程度しか記憶にない。今回もまた晴れて暑くなるという事か。会場に着くと100キロの第一ウェーブがスタートしていた。名簿を見た限り知り合いは第一ウェーブのみだったので、こっそり出走して完走できなければ出場自体を無かったことにしようとセコい考えもあった。しかし、それでは危機意識に欠けるのでFBに出走する旨を投稿した。もう逃げれない。
スタートしてからはとにかくゆっくりペースで走る。久々過ぎて時計すら持ってないのでまずは自分の感覚を信じるしかない。古い町並みを通り抜けて町外れへと進んでいく。エイドが早くもあり、それから5キロを通過、まだまだ先は果てなく長いが、最初の5キロすら長く感じた。ただ淡々と進むだけ、ウルトラ完走狙いの基本中の基本である。15キロを過ぎ、早くも脚に痛みを感じたところで18.5キロの第一関門。まだ1/4である。ここから37キロの第二関門までが上り基調で、25キロあたりからか、脇腹と腕が猛烈に痛くなる。既に上り坂はほぼ歩き、30キロ付近の長く続く坂に心折れそうになるとともに、徐々に暑さも厳しくなってくる。この辺りから先にスタートした100kmの部のランナーをたまに追い越すようになったが、彼らが関門アウトになることは明白であり、100kmを走るだけの練習をしていない人は出るべきでない。第二関門の飛騨高山スキー場には関門30分前に到着、まずは暑さにやられた身体に水をたっぷりとかける。荷物を受取ってジェル類の補充、トイレを済ませてから後半へと向けて出発。長居するつもりはなかったが10分以上滞在してしまった。まだまだ、自分のペースをキープすれば完走は十分できると言い聞かせてエイドを出る。
ここから先は長い下りを中心としたコースが続く。下りであれば重力に身をまかせ、脚を動かしていくだけで走れる。一方で昼になって日が高くなった事で日差しはより強くなってくる。エイドに着く度にかぶり水を浴びながら、我慢の状況がひたすら続く。54.6キロの第三関門には15分前に到着。下り基調の区間だったのに貯金は増えていない。ここから先に難所、千光寺の登りがあることを考えると決して楽観はできない。エイドを出ると100キロのランナーを見かけるようになる。ここまでのコースで見かけたランナーは関門アウトになっているはずなので彼らは何なんだろう、と思ったが100kmの部のループ区間を回った後のランナーで10時間〜11時間くらいのペースで走ってる人たちだった。72kmのギリギリランナーと比べるとペースが明らかに違う。千光寺の登りに差し掛かると想像以上に勾配がきつくて脚に堪える。野辺山の馬越峠ではハイになって怒濤の200人抜き?を行ったが、今回は暑さもあってヘトヘトである。100kmのランナーもここばかりは歩いている人が多い。お寺に辿り着くと続いて待っていたのは石段の登り、一歩一歩進むしかない。登りきったところのエイドで一息つき、残りは12km/2時間である。下り主体であることを考えればいかに今の状態でも難しいことではないが、ウルトラは最後まで何があるか分からない。可能な時に時間を稼いでおいた方がよい。
上った坂を下りきって、残り10キロほどの辺りを過ぎると先ほどまで日が照っていたのが一変、雲が出てきた。そしてほどなくして雨が降り始める。暑さでここまではバテ気味だったので恵みの雨に思えた。しかし、これが落とし穴でここまで暑くて水をがんがん飲んでいたのが裏目に出てトイレに行きたくなってきた。残り5キロとなり最後くらい走って少しでもタイムを縮めようと思っていた矢先である。トイレが気になると走りに集中できない。結局ゴールまで2.5kmの最終エイドで用を足すことになる。雨がぱらつく中、ようやくゴールのMCの声が大きく聞こえるようになってきてゴールゲートが見えてきて完走を確信。
ぶっつけ本番で非常に苦しんだウルトラであったが、何とかあきらめずに最後まで辿り着いたということ、その唯一の成果が出せて本当によかった。これから猛練習が必要であると改めて思いつつも、ようやく自分にとっての今年のシーズンが始まった。
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第5回世田谷シティロゲインに参加した。番外編として行われたミニロゲイン以外は毎回このシリーズに参加している。今回は5時間で世田谷全域が対象となっている。
毎度のことではあるが、受付ギリギリの時間に会場に到着し、地図を受けとる。もう少し真面目にルートを考えれば得点も上がるのだろうが。通常はCPの番号イコール得点であるため、高い番号のCPを狙うのが基本だが、今回は5ヶ所の5点CPを除きすべて1点という設定である。従っていかに多く回るかだけがポイントとなる。
会場である池尻の世田谷がやがや館をスタートしてまずは5ポイントCPが2つある南へと向かう。CPはお寺の山門が基本ので比較的見つけやすい。2ヶ所ほど回って次のCPは環七を南にやや距離が離れていたが、ちょうどバスが来たので早くも乗る。そしてルートを考える。
5ポイントCPを回ってから南東の端まで行くつもりだったが、途中のタイムボーナスCPの洋菓子屋を通過してしばらくしたところで、他と離れたこのCPは棄てることにした。他にも南側にあるCP2ヶ所はパスして回る。
半分くらい時間が経過したところで世田谷区内を時計回りに回ってきて豪徳寺のCPに着いたが、ここでこのロゲは十分満点が狙えるレイアウトだったことに気付くがもう手遅れ。結局時計回りに進んで京王線や小田急線に乗りながら会場に戻ることにした。時間に余裕があったので世田谷線とバスを駆使して取り損ねたCPを3ヶ所取りに行って5分前のゴール。
結果は53点、58点満点なのでまあまあともいえるが、満点が何人もいたのでルートをしっかり考えればもっと取れたはずである。さらに交通機関もしっかり使っていて、トレーニングに徹してもいない。それでも、今までのロゲと比べて走るところでは割としっかり走ったつもりではある。地元の地の利が生かせる大会なのに、なぜか地図ばかり見て気が付けばよく知る景色という、生かしきれてない展開だったが、近くなのに行ったことがない場所や知らなかったことの発見があり楽しめた。走行距離は35キロくらいだろうか。やはりロゲは楽しい、また次も参加するだろう。
毎度のことではあるが、受付ギリギリの時間に会場に到着し、地図を受けとる。もう少し真面目にルートを考えれば得点も上がるのだろうが。通常はCPの番号イコール得点であるため、高い番号のCPを狙うのが基本だが、今回は5ヶ所の5点CPを除きすべて1点という設定である。従っていかに多く回るかだけがポイントとなる。
会場である池尻の世田谷がやがや館をスタートしてまずは5ポイントCPが2つある南へと向かう。CPはお寺の山門が基本ので比較的見つけやすい。2ヶ所ほど回って次のCPは環七を南にやや距離が離れていたが、ちょうどバスが来たので早くも乗る。そしてルートを考える。
5ポイントCPを回ってから南東の端まで行くつもりだったが、途中のタイムボーナスCPの洋菓子屋を通過してしばらくしたところで、他と離れたこのCPは棄てることにした。他にも南側にあるCP2ヶ所はパスして回る。
半分くらい時間が経過したところで世田谷区内を時計回りに回ってきて豪徳寺のCPに着いたが、ここでこのロゲは十分満点が狙えるレイアウトだったことに気付くがもう手遅れ。結局時計回りに進んで京王線や小田急線に乗りながら会場に戻ることにした。時間に余裕があったので世田谷線とバスを駆使して取り損ねたCPを3ヶ所取りに行って5分前のゴール。
結果は53点、58点満点なのでまあまあともいえるが、満点が何人もいたのでルートをしっかり考えればもっと取れたはずである。さらに交通機関もしっかり使っていて、トレーニングに徹してもいない。それでも、今までのロゲと比べて走るところでは割としっかり走ったつもりではある。地元の地の利が生かせる大会なのに、なぜか地図ばかり見て気が付けばよく知る景色という、生かしきれてない展開だったが、近くなのに行ったことがない場所や知らなかったことの発見があり楽しめた。走行距離は35キロくらいだろうか。やはりロゲは楽しい、また次も参加するだろう。
伊豆トレイルジャーニーのことについて、今月だけで記事を7本も書いてしまっているが、これは信越五岳に出た時に書いた6本以上に多い。少し遡ればエントリー時のことなども書いているので大会前の運営も含め、なかなか話題に事欠かないレースだったということだ。
さて、本日はTREKNAO主催のフォトロゲ小田原に参加。TREKNAOのシリーズに出るのは昭島、神田に続いて3回目である。酒匂川を中心とした平野と、その両サイドにある山というか丘陵地帯が舞台となっていて、街も海も山もある盛りだくさんの設定である。5時間/3時間とあるうちで、個人エントリー可能な3時間の部にエントリーしていたので回るポイントを絞る必要がある。
今日は何だかモチベーションが上がらず、二度寝をして起きたのが9時過ぎ。元々はこのくらいの時間に会場にいるつもりだったが、あまりの寝坊ぶりにびっくりする。80kmくらいは離れている小田原に間に合う訳がない。と思いきや新幹線という最終兵器を使うことで何とかなりそうと分かったので10分で準備をして家を出る。走れる格好とザックさえあれば、トレランのように山深くに入るわけでもないので何とかなる。会場に到着がスタート10分前の10時50分。途中一度閉まるとなかなか開かない小田急の踏切や、袋小路がある丘など、このロゲの難易度を感じさせる要素の一部を見ながら会場に行くのも手こずった。既にほとんどの人がスタートのスタンバイをしているためか、受付を撤収しようかというような所に到着。急いで仕度してスタートに行ったらもう2分前くらいで地図を見ている余裕もない。先週の伊豆で会った面々もちらほら。
地図をまともに見る事ないままスタートしてしまったので、取りあえずは先行する人のストーキング。先頭の人がかなりのスピードでぶっちぎっていたが、小田急の踏切でストップする間に後続まで皆追いついて仕切り直し。ここで地図を見て最初に行くポイントを踏切を渡らないで行ける方向へと決めたので、踏切待ちの人たちを尻目に単独行動開始。しかし、早くも地図を読み違えており、最初のCPを探すのに難航。車の通行量が多い通りから少し入った裏路地にあるのだがよく分からずウロウロして5分くらいはロスしただろう。結局、他の参加者ともすれ違いつつ発見して次のCPへと向かう。こちらも裏路地にあり、表通りからでは入る場所すらよく分からないので迷う。会場からそれほど距離が離れていない2つのポイントで既に25分くらい使っている。このままでは先が思いやられる。最近参加していたロゲが地の利を生かせる部分が多いロゲだったので見知らぬ街でCPを探すのはなかなか大変だ。
ここで、地図を眺めながら国府津駅方面の丘陵地帯に50点台のポイントがゴロゴロ転がっているのが目につき、やはりそれを落としていくのがよかろうと思い、東へと進路を取る。途中の20点台のポイントで相変わらず路地の反対側に入って大回りなどのロスを繰り返しながら、酒匂川を渡り東へ。鴨宮の駅前のCPを取ったら国府津までは電車でワープしようかとも思ったが途中のCP47を取りながらつなげそうだということで、電車は使わず走る。ここでTREKNAOのウェアを着た方が前にいるのを発見、追い越そうかとペースを上げるが、曲がり角のところで気付かれた。向こうもペースアップ、走力では劣っているので追いつけない。ならば、とショートカットしてCPへと向かう。結局CPのある神社についたのはほぼ同時。明らかに次のCPの狙いも同じであるが、やや遅れる。CP51は国府津の丘陵地帯の麓の神社に入ってすぐの所にあるが、地図から神社の中とは思わず、横の坂を少し上ってから戻るなど、相変わらずタイムロスが続く。
ここからが、丘陵地帯の稜線部に点在するポイントをどう取って行くかが判断の分かれ目であるが、麓を回ってから上に行き、国府津駅まで下るルートを取りに行くことにした。途中で自販機でジュースを買って飲んだりと少々ダラダラしたため、CP55、CP56に行くのは止めてまずはCP54の古墳群へ。こちらは案内板に従ってトレイルに入り少々行けば難なく到着。ここからが本格的な上りとなるが、トレーニングということでなるべく走るようにする。どうやら地図に書かれていた場所とは違う道に合流したようであったが、地形と方角を見る限り、もっと大回りになると思っていたCP57へと続いているようだった。CP57へ向かう途中で反対側から先ほどCP47で併走した人が走ってきてすれ違う。このエリアの回り方の戦略が逆だったということは分かったがこんなに早く回ってくるとは。早いですね!と声を掛ける。そのすぐ先でトラバース道と上り道の分かれ道があり、上る方を選んだが、少し進んで方角に違和感を感じたので戻る。すると、さきほどの分岐にCP57は直進すべきだったということを示している標識がある。上から下りて来た人には目につくが、トラバース道を来た人には実にわかりづらい。そしてCP57は丘陵地帯の懐の最奥部ともいうべき場所にあり、地図を見る限りは大きく回らないと次へ向かうことができない。
みかん畑を上る道に入ってみたが、畑の上段より先は薮になっていてそれ以上進めそうにないのであきらめる。先ほど間違えて上ったところが、地図では文字と重なって道が途切れているように見えるが、もしかしたらつながっているのではと淡い期待を持って進むと、期待通りにCP43五国峠方面への道につながっていた。この道が丘陵地帯の尾根線になっているので見晴らしがいい中を大きなアップダウンもなく進んでCP43に到着。ここから先でも道なりに右にも左にもつながっているような所に出て右に行くが、すぐに方角もおかしくなるし、行き止まり。今日はこういうのばっかりでどれだけタイムロスをしたことか。次のCPは道なりに行って国府津駅に下る途中で少しだけそれた所というのは分かっていたので気を取り直して進む。道路を横断して丘のピークを越えると目の前には海が広がる。海を見ながら走れる下りロードが続いており、大変気持ちいい。反対側からこの長い上りを上ってくる参加者はキツそうだったが下りはガンガン飛ばせる。CP59にはやや上り返しがあったが順調に取って国府津の駅へと下りる。駅の横についてから入り口までが思いの外遠かったが、ホームの脇の道を走っている時に13時39分快速アクティーまで6分ほどあることを知り気が楽になる。この辺りの電車は本数が少ないので一本逃すと10分くらい余裕でロスするが、これに乗れば小田原駅からゴールまで15分の余裕があるので、徒歩15分も道でしかも朝通ってるルートを間違える訳がない。
結局小田原からゴールに向かう間も色気を出して、相変わらずのロスをしつつもCP8を取って3分前にゴール。結果は553点で7位、作戦タイムゼロでスタートしたことを考えればまずまずといえるだろうか。4位までの70点くらいの差については、ちゃんと作戦を考えれば勝負できた思うが、200点以上差をつけられた3位以上については全く根本的に勝負になっていないということなのだろう。タイムロスが多かった事や走力の差だけではない、ロゲイニングに対する戦略性が根本的に違うと思われる。とりわけ、2位にすら150点の差をつけ、923点で断トツ1位だった方の成績が光る。この人がCP47で併走した人で、勿論走力はずっと上であるが、ここまでの差が付いてしまうとは。西側を攻略した後で鴨宮まで電車を使ったそうだが、国府津の丘陵のCPを取った帰りには電車を使わず走ってさらにCPを取りながらゴールに戻ったということだ。なお、伊豆トレイルジャーニーにも出ていたそうだ。
今回はかなり道迷いに手こずったので走行距離としては20km程度だろうか。決められたコースではなく、自分で設定して制限時間に戻れるかを楽しむロゲイニングは走力に関係なく楽しむ事ができる。今回は街も山もあり、海が眺められるという最高のロケーションで3時間があっという間だった。次のロゲは4月の世田谷、こちらは世田谷区全域の5時間ロゲということで楽しみである。
CP一覧は続きに掲載。
あれこれ騒がせ結局のところDNS。木曜日の朝から猛烈に喉が痛み、熱っぽい感じもしたので昼過ぎに医者に行ったら38.4℃の発熱。インフルエンザの検査は陰性だったので仕事をある程度片付けたところ、体感的には39℃を越えていた。金曜日は朝の時点で38℃あったので会社を休み、一日休養。昼も38.4℃あったものの15時頃より下がり始め、夜には35.9℃まで下がる。喉の痛みは残っているが、何とか出走するかと思いながら就寝。そして寝坊。熱は完全に下がったので小江戸だけであれば行けない事もない状況だった。
さすがに夜間走となる大江戸は病み上がりでぶり返して週明けの仕事に影響出るようだとまずいのでもはや行くつもりはなかったが、小江戸にも結局行けずということになる。東京マラソン→小江戸→伊豆と続く3週連続の中ではもし小江戸大江戸で力つきたら伊豆はパスすればいいと思っていたが、ただでさえ季節の変わり目で体調管理が重要なこの時期、体を休めるいい機会になったということか。
さすがに夜間走となる大江戸は病み上がりでぶり返して週明けの仕事に影響出るようだとまずいのでもはや行くつもりはなかったが、小江戸にも結局行けずということになる。東京マラソン→小江戸→伊豆と続く3週連続の中ではもし小江戸大江戸で力つきたら伊豆はパスすればいいと思っていたが、ただでさえ季節の変わり目で体調管理が重要なこの時期、体を休めるいい機会になったということか。
待ちに待った東京マラソンの出走、結果はネットで4時間7分くらい。例のごとく序盤の飛ばし過ぎによる撃沈。まるで2年前の湘南国際の再現のようである。フロストバイトで1時間58分というタイムを出してからも1月はほぼ練習できず、2月になってからの付け焼き刃ではサブ4すら厳しかったのか。そもそも5分15秒のペースを前日も確認しておいたのに、無視して5分弱のペースを続けてしまったのが撃沈の主要な要因であるが。かすみがうらやつくばのような単調な景色の場所であったらもっとタイムは崩れていたであろうが、止む事のない沿道の声援、随所で応援してくれた仲間の存在のおかげでこの程度の撃沈で済んだのだろう。これまで応援として外から見たことしかなかった東京マラソンを参加者として走るのはやはり格別であった。タイム以外については都市マラソンならではの魅力を思う存分満喫できた一日だった。以下、一日を振り返る。
7時40分頃に新宿駅に到着。周辺ビルのトイレを使うなというお達しが出ていたが、ビルのロビーからして占領されてランナーが着替えている。知り合いに会えるかと思ったが、人が如何せん多すぎて全く分からない。寒かったので荷物をギリギリに預ける。本日の装備はハニースティンガージェル×2、ベスパ×2、トップスピード×1、塩飴×1である。スタートラインに並ぶ前にトイレに行こうとするも長蛇の列ができている。どこにどのくらいのトイレがあるのか、そして列がどうやってできているのかを把握していなかったために無駄に並んでしまった。ようやく自分の番が回ってくる頃にスタートブロック締切の放送が流れている。大急ぎで用を足してスタートブロックへとダッシュをする。危うく最後尾に回される可能性もあったが何とか間に合った。
並んでからすぐに国歌斉唱やら都知事の挨拶やら始まる。並んだ場所はスタートからの列が折れ曲がる場所だったが、距離があるためにセレモニー関連の様子は見えない。薄着であったが、周囲に人が多数いるため寒さは気にならない。車いすの部が5分先行してスタートして、すぐにマラソンもスタートとなる。スタートラインまでは完全にノロノロ歩きで6分強、過ぎてから周りも走り始める。前の方のブロックの人が脱ぎ捨てたビニール合羽が散乱しており、スタート直後にしてつまづきそうになる。後のランナーのことも考えて、スタート直前に脱ぐ人は責任持って処理してほしいところだ。都庁前の通りこそゆっくりペースだったが、道を曲がってからは周りのペースも上がり、そこそこ走れるようになる。あっという間に大ガード下をくぐって1km地点に到着してスタートから5分15秒で到着。目標ペースと同じであるが、スタートロスも含まれている分だけ明らかに速い。しかしまだまだ序盤もう少し走れば落ち着くだろうと思い先へと進む。
新宿三丁目、曙橋を通り過ぎ市ヶ谷へ。沿道の観衆とハイタッチを交わしながら進んで行く。2km地点は見落としたが3km地点で時計を見ると1kmからのラップが9分50秒くらい。キロ5分を切るペースなのでやはり速い。速く走ってるという感じはせず、ちょうどいい感じに思えていたが。湘南国際も同じような感覚で撃沈したのでまさに危険なペースである。飯田橋を過ぎて皇居方面へと向かい、ペースは維持したまま、10kmまで難なく到着。赤い幟が多かったが、すぽるちばの幟を10km付近でようやく発見。手を振ったつもりだったが、距離が離れていたために気付かれてなかったようだ。ラップを取る度に4分55秒くらいとなるので不安ではあったが、ペースを落とすとそのまま一気に崩れそうな恐怖があったので行けるところまで行くしかないと思い、そのまま進む。増上寺付近でIBUKIにも発見される。沿道を埋めるアノニマスな観衆の中で、知り合いに会うとより励みになり、引き締まる。
田町の先、札の辻から品川まではすぐと思っていたのが緩い上り基調と強風のせいで遠く感じる。今思えばここがペースがずるずる下がり始めた場所であった。沿道からは行けるぞサブ3.5と声を掛けられ、今の練習量とコンディションでは難しいのにやれるところまでやるか、という気分になる。15km地点に着いたところでEXPOで購入したトップスピードを注入し、同時にハニースティンガーを摂取する。下がりかけていたペースも回復し、まだまだ元気に走れる。目立つ髪型の医師と書かれたランナーを発見、タイム狙いではなく医師枠として参加している福田六花医師であった。この付近では東京タワーさんが近くに走っていたのか、沿道の声援が東京タワーさんばかりに向けられる。20km地点で沿道のすぽるちばをまた発見、今度は至近距離で声援に対して反応することができた。晴海通りに入り、中間点通過がネットで1時間47分くらい。ネットタイムではフロストバイトよりも10分以上縮めている。速すぎる気もするし、フロストバイトは遅すぎたし。ここまで、給水所でしっかりと水分補給をし過ぎたせいかトイレに行きたくなって来て22km地点あたりの銀座四丁目を曲がった高速下のトイレへと駆け込む。3人くらい並んでいたので少々タイムロス。この待ち時間にベスパを取り出し易いように仕込んでおくべきだったがすっかり失念していた。
トイレから出てからは5分40秒くらいまでペースが落ちていたので起爆剤としてベスパを飲むべきかと思ったが、個数からして15km-25km-35kmと決めていたので25km地点までは我慢。ペースが落ちてくると1kmが長くなる。フルマラソンで撃沈したときの毎回のパターンである。浅草寺を折り返すときにはかなりキツくなっていた。それでも歩かずにいたのは東京マラソンの大声援のおかげか。この辺りで横浜のランニングステーション、THE SPACEの店長を発見。Googleのポイントマークを頭に付けているのでよく分かる。追いつきたかったが、どんどん離されて断念。そうこうしていると30km地点に到着。あと12km、サブ4への貯金もなくなり、キロ6分ペースでないとグロスでは難しい。既にキロ6分強となっていたので厳しいか。銀座四丁目に戻る辺りでハニースティンガー2個目を投入するも、それほど効果出ず、歩かないようにするので精一杯。せっかく当たった東京マラソンということで応援に来ていた家族からも声援をもらい、一瞬だけ元気になるがなかなか継続できない。
新しい歌舞伎座を眺め、築地本願寺を通っていよいよ35km過ぎの佃大橋に到着。ヤビツでの練習に比べればなんてことのない坂。他のマラソンでも普通にあるような大したことない坂なのにここで脚が止まり、上り切った後の下りでもスピードが出せない。サブ4ペーサー集団にもいつの間にか抜かれるが、食らいついていけない。心拍が上がるようなペースではないので、脚の痛みが限界になるまでは食らいついて行くべきだったのかもしれないが。そして攣りそうな危険な兆候もありながら、応援の数も減った豊洲の街を通り40km地点へ。ゴールまでは後少し、ここでまたIBUKIの集団に見つかる。もう少し楽に走ってるところで会いたかったが。ようやくゴールに到着、撃沈してからキツく感じた時間は長かったけど、今思えば短かった42.195kmが終了。
ゴール後のスタッフからの完走おめでとうの言葉が胸に突き刺さる。何でもう少し頑張れなかったのか。完走メダルはすぐにしまう。絶好の天気に最高の雰囲気、今のタイムが今の実力ということだ。フルマラソンではウルトラと違って復活ということがない。いかに継続できるかに尽きる。3週間の付け焼き刃トレーニングではそこの部分の強化が不十分だったのだろう。しかし、非常識な3週間前からの追い込みでも何が効果あって何がダメだったかというのはある程度認識できた。
また次回、東京の街を走れるのはいつになるか分からないが、これだけ楽しいロードのフルマラソンは初めてであり、何度でも出たいと思える大会である。この大会には1万人を超すボランティアの方が参加しており、彼らの協力なしでは成立し得ない。そして沿道を埋め尽くす観客の皆さんの声援に元気づけられ、数え切れないほどのハイタッチをしてテンションを上げられた。落選しながらも仲間の応援のために駆けつけた知り合いも大勢いる。あるいはランナーズアップデートで経過を見守りながら一喜一憂していたという人もいる。東京での大規模な大会に出る貴重なチャンスということで家族も見に来てくれた。自分一人で走っているんじゃないということを痛切に感じた大会であり、全ての方々に感謝するとともに、それに応えるだけの結果を出すために自分に出来るのはしっかりと準備するということである。
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