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トレイルラン関係を中心に日々の出来事や思ったことを書き連ねて行きます。
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神流マウンテンラン&ウォークは地元の盛り上がりとホスピタリティという点においては他の追随を許さないレースである。これだけすばらしい大会となったのは、たしかに大会プロデューサーの鏑木さんの貢献が大きいが、それ以上に神流町がトレイルランニングを受け入れ、町として大会を盛り上げようという姿勢が強い。この大会を盛り上げるために毎年かなりの時間をかけて準備している。さらに、毎年のように新しい取り組みを積極的に行おうとしているのがすばらしい。2300人の町にレース参加者が700人、その家族や応援も含めると町の人口の1/3以上になるだろう。さらに、ボランティアも町民の半数以上というくらいの勢いなのではないか。神流町は御巣鷹山がある上野村の一つ手前にあるが、東京からの距離が100キロもないのにも関わらず、果ての地というイメージすら感じる。

ウェルカムパーティでは毎度のことながら郷土料理とお酒が振る舞われ、今年は特に見知った顔も多かったため、鏑木さんがトレランの忘年会とクリニックで話していた通りの感じだった。ただ、パーティへの参加者が増えたためか、料理はやや足りず、売り切れというものも多かった。今年は昨年のようにNHKの取材は入らず、地元のCATVだけのようである。インタビューを受けたので適当、いや適切に答えておいたが昨年に続き採用される(された)かは不明である。今年の民泊は旧中里村のエリアにあるお宅で、ミドルという朝が早くなくともよいカテゴリーだったため遠い場所になったようである。カメラが趣味というご主人はD700をお持ちの本格派のようだ。例によってパーティでもそれなりに飲んでいたのに民泊のお宅でもビールに日本酒におつまみにと舌鼓を打つ。これがあるからミドルでないと神流は大変なのだ。。。

レース自体はミドルだったので距離も23キロで、ジェルを2つ使ったくらいで補給もほぼなし。雨が懸念されていた天気で、途中から降り出して来たが水分補給もそれほど必要なかった。もう少し遅くゴールした人は本降りになり、またぬかるんでたようだが、幸いにして気持ちいいシャワーという感じだった。ハイドレの代わりとして竹筒を持っていたのが想像以上に走りにくかった。下りで特にバランスが取りにくかったり、転倒時のことを考えて安全走行になったりと、それほど突っ込めなかった。また、シューズがトレランシューズではなく、通常のランニングシューズだったため、地面の突き上げを感じやすかった。途中、同じ女性にロードで抜かれてはトレイル(上りも下りも)で抜き返すという展開が何度も続き、終盤のトレイルで十分差をつけていたつもりが万場の町の入り口の橋の手前で抜かれるということがあった。ランニングシューズなのにフラットな部分でのスピードのなさが悲しくなる。トレイル出口付近で着ていたシャツを脱ぎ、上半身裸で町中を走ってゴール。町の人へのウケはまあまあだった。

レース終了後は、ウェルカムパーティ会場近くの昨年宿泊したお宅でお風呂を借りる。お風呂だけでなく料理なども出していただいたが、あいにく二日酔いでスタートしたせいで胃の中がレース中シェイクされて気持ち悪い状況だったので丁重に遠慮をした。こちらから何も提供しないのに積極的に色々なものを提供していただく、純粋な親切心からされていることとはいえ、あまりの丁寧さにこちらが申し訳なくなってしまうほどである。

帰る前に神流町役場の向かいにある昭和レトロ館に立ち寄った。ここは昭和時代の日用品やポスター等、往時の雰囲気を感じることのできる場所である。この日はレースがあるからということで一日開けていたらしいが、誰も来なかったそうだ。たしかにレース後は町をぶらぶらしようとは思わないので仕方ないが、ゼロというのはやはり寂しい。それでも、コーヒーとお茶を頂きながらお話を伺う事が出来た。第1回大会は狩猟解禁日と重なってしまい大会開催の危機になったが、その危機があったおかげで逆に大会を何としても成功させようという思いが強くなり、無事開催できた経緯があるそうだ。猟友会への通知や藤岡警察には連絡ができていたものの、県警本部に情報が伝わっていなかったがために大会直前に介入してきて大事になったと。他にも町のことについて色々と伺った。今年も前日のそば打ちや鍾乳洞といったイベントものには参加しなかったが、このレースのときと言わず、訪れたいものである。

神流は第2の故郷ような暖かみを感じる事が出来る場所。また来年もぜひ戻ってきたいと思う一方で、同じ人間ばかりが来ても仕方ないので悩ましいところである。そばが提供されるエイドが置かれている持倉集落はほとんどの人が80歳以上という集落であり、5年後、10年後に集落が存続している保証はない。無論、住む人がいなくなろうと、今のコースでレースを開催する限りはエイドが設置されるだろうし、神流の中心地に活力がある限りレースも行われるだろう。しかし、高齢化が最も進んだ町の一つである神流町でいつまでレースが行う活力があるのか、ということは大会で暖かいおもてなしを受けている以上は興味を持ち、維持できるために何ができるか考えていくべきことであると思う。それにしても、年間一つだけしかレースに出るなと言われたら間違いなく神流を選ぶだろう。
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